Собака и Кошка


パストサラミと目玉焼き2
by pastsarami

3・11以降

地震で津波で原発で、そして直接の被害に遭われなくても心身傷ついてしまった方々に
なんて言ったらよいのかわかりません。
お見舞い申し上げます、とか
お悔やみ申し上げます、とか
そういう表現はなんとなく自分の率直な気持ちとちがってる気がして言えないのですが
(その言葉が悪いとは思ってるわけではないのですが。)
ただただ、その人たちの気が少しでも楽になればよいと思う毎日です。


いまわたしが一番気にかけてるのは原発についてです。
あんなに大きな地震を経験して、
街全体が流れる映像をみて、
燃える気仙沼や、爆発する石油タンクや
くらしがすべて奪われたと気を落とす人たちの姿を目にしても
それでも原発についてを一番心配しているというのが
自分でも信じられないし、それでいいのだろうかとも考えるし
それよりも今やったほうがいいこと(募金とか)を本腰いれてやったほうがいいんじゃないかとか
悶々としてしまうけど
でも、そんなことを悩みぬいても、
やっぱり原発のことを気にかけてしまってます。


数年前からわたしの部屋には
広河隆一さん撮影の、チェルノブイリカレンダーがかけられてます。
毎年年末になるとチェルノブイリのカレンダーを買って、
毎日を原発事故のひとたちの写真と過ごしてきたわけです。
なのにも関わらず、
日本の原発についてはこれまで全くといっていいほど考えてこなかったのであります。
どこにあるのかも、いくつあるのかも考えず
原発でうまれた電気を使ってクーラーつけて、
原発でうまれた電気を使って音楽聴いて、
原発でうまれた電気を使ってテレビをみて、
原発でうまれた電気を使ってごはんをたべてきたのでした。


「カレンダーを買ってた意味がなかった」とは思いません。
私が何を考えていようと、私のもとを離れたお金がチェルノブイリ被害者(被災者というよりは。)の
生活に、何かしらの糧となっていたと信じれば。
でも、随分と時間を無駄にしたなぁとは感じます。
もっとはやくから日本の原発について考えていたからといって
今回の事故は防げなかったとは思いますが
でも、とにかく自分にげんなり。


いまはとにかく、原発事故がはやくおさまればいいと願ってます。
時間がかかるのはわかってるけど
4か月もすれば台風の季節がやってくるというのに
「放射線濃度が高すぎて近寄れず」の状態のまま、
あのホネだらけで時折黒煙をはきだす原発が放置されて時間だけが経っていくというのは怖すぎる。


原発なんかぜんぶやめて
多少の不便さをぼやく程度の毎日が訪れればいいのにと思ってます。
地震で津波でその他のことで、傷ついた人たちが
少しずつでも気分を浮上させていけるように、そのことだけを考えられる日がくればいいのにと思ってます。
また福島の美術館に、ベン・シャーンの絵を観に行ける日がくればいいと思ってます。


コーシュカ
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by pastsarami | 2011-04-07 21:05 | на днях
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