Собака и Кошка


パストサラミと目玉焼き2
by pastsarami

一人称について

一人称っておもしろいよね
よくこのテーマのことは書いているかもしれない

スギちゃんがさ、一人称『あたし』じゃない。
あれいいなぁとおもってんだ。
プライベートでも使っているのかどうかは知らないけども、すきだ。

おとこのひとのあたしってすきで。
おんなのひとの一人称でもあたしがいちばんすきかな。

ということで、いま一人称について調べてみたんだけど
すごいのね。
やっぱ日本語ってすごいわ。
まさか「おい!こら!」にそんな意味が…!
これはネットじゃなくて、きちんと文献で調べたいね。

縄文時代や弥生時代の一人称はなんなんだろうね。

あと、調べてて思ったんだけど、一人称自体はどの国にもあるじゃない。
でも日本って家制度とかあってさ、どこか場所を意識した一人称が生まれているわけ。
子どもができたらさ、親が自分のことを「おとうさん」とか「おかあさん」とか言い始めるじゃない。

うちはなかったけどね。

で、なんでかっていうと、今はさ、子どもの目線にたっているからなんだと思うんだけど
昔の場合はさ、子どもっていうよりは家というひとつの場所での役割みたいなものを視点にして、
そしてそれを始点にして支点にして、そういった言葉を使ったわけだよね。多分。

へりくだりの一人称っていうのを見ていってそうなんだろうなっていう意識に到達した。
今までは考えたこともなかったけど。
ほら、戦争中とかさ、報告するときに「陸軍中尉~只今戻りました」みたいに最初に自分の役職言うでしょ。
あれは国家のなかの位置をまず伝えるわけじゃない。
家制度と戦争ってものがここでもつながるよね。
家制度と戦争ってどっちのほうが先なのかな。
戦争自体はすごい昔からあるだろうから、やっぱり戦争→家制度かな。

そしてこれはさ、他の国にはないのかな。
外国人、たとえば英語圏で考えてみるよ。
ちいさい弟に向かって兄である立場の男の子がさ
「にいちゃんはな、」っていうのを英語にするとさ、「Brother、」にはならないよね多分。
だからいつもさ、「つまらないな。この日本語はこんな英語になっちゃうんだな。」ってがっかりするわけよ。

でも戦争によって家制度がもたらされたと考えると、標準語のように悲しい歴史を
背負っていることばなわけで、そんなことばが今も脈々と受け継がれていると考えると
少しふくざつなしんきょうになる。


Собака
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by pastsarami | 2013-01-27 01:00 | на днях
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