Собака и Кошка


パストサラミと目玉焼き2
by pastsarami

コミュニケーション能力

やっと終わったぜよ、辛い今週の仕事。。。あーしんどかった。

三木さんの店にも行ってきたぜよ。こないだ行ったばっかだったけど。
今回はちゃんとココナツアイスにドライフルーツたち。おいしー♪
あそこのココナツアイスを食べると、他の店のココナツアイスを食べてほんとにおいしいと思うことは
なくなった。それくらいおいしい。おいしんだ!

さて、コシカさんとコミュニケーション能力について語る。

コシカさんが持ち出したんだ。しかし、さばかは知っている。
そのちょっと前にとなりのカップルが会話の中に「コミュニケーション能力」という単語を
入れ込んでいたことを。

つまり、コシカさんはその単語が脳の中に入り、さばかにそれをなげかけたことを。

「コミュニケーション能力」と言っても、2つに分けられると思う。
本来の「コミュニケーション能力」と
所謂日本の現在の社会で言われている「コミュニケーション能力」とにだ。

コミュニケーションだからさ、本来は発する立場と受ける立場になる。

外国人に話しかけられたときのことを思い出してみると判りやすい。
勿論日本語ができない外国人だよ。
英語で話しかけてくるじゃない。
判らない部分も出てくる。そういう時どうするか。

このひとは何を伝えたがっているのか、とこっちも必死に自分の持っている
コミュニケーション能力を駆使する。
相手の音や表情、手振りなんかを見て判断しようと、伝えてもらおうと神経や感度を研ぎ澄ませる。
駅はざわざわして、いろんなひとが音をたてているけど、
それは全部一瞬にして背景としての音になる。

相手だって、一生懸命伝えてくる いろんな方法で。
あの瞬間、2人は見詰め合ってる。この字を見てよ。
見て詰め合うんだよ。
からだの全部を使って、相手に集中する。

本来のコミュニケーションってのはこれだよ。
かたっぽじゃない。発するのと受けるの2種類の力を必要とするの。

でも、今の日本の社会におけるコミュニケーション能力っていうのはさ、偏ってるわけ。
完璧に自分から発する場合のみを想定されたコミュニケーション能力なわけ。
だから、言いたいことをいえない、自分からうまく話せない、他のひとたちとなかよくおしゃべりできない
そういうひとたちのみに「コミュニケーション能力が不足」していると烙印を押す。

でもほんとだったら、受け手の能力だって求めるべきだとおもうよ。
ほんとにそこを求めるならばね。
これは相性とは違う。
どこまで相手に対して、見詰め合えるか。
そこなんだ。

さばかはね、ありませんよ。
発する能力はね。

だから一生懸命受け取ろうとする。
さぁ、ボールを投げろ と。
別にさばかの方に投げろとは言ってない。
好きな方に投げろ。そのボールがどんなボールでどこに向かってどういった力を放つか。
それを見るとこでさばかはコミュニケートする。

そのひとを真正面から見ていなくても、目を合わせていなくても、
実はこっそり見てる。

あなた、見られている。

Собака
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by pastsarami | 2013-02-16 14:37 | на днях
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