Собака и Кошка


パストサラミと目玉焼き2
by pastsarami

年を迎えるということ

遅すぎますけども、あけましておめでとうございます。

昔はなんで年が明けたらおめでたいのかがわからなかった。
そして、何故ひとが逝くのかもわからなかった。
去年の暮れから今年の年始までずっとそれを考えてた。
やっとわかりましたよ。30目前にしてやっと。

去年のイヴに志村君が亡くなって。

志村君を初めて見た時に「あー、天使だ」って思った。
同い年の天使。
その仔がイヴに召されてって、初めて天命ってものを考えた。

昔っから自分には死というものがまとわりついてる。
生まれる前から2つの死が存在してるし
ふと気がついたら、毎年死が存在しだした。
真面目に、自分が死を生み出しているのかとも思った。
マヤ暦かなんかでみても、ワタシの生年月日は
まわりで人が亡くなる星の下だと云われたことがあります。

でも天命なんだ。
この世はみんなが天命なんだね。と、思った。
もうきっとワタシが何歳で死ぬのかも決まってるんだ、と。

それでも命がなくなるのは悲しい。
何度経験しても慣れることはない。

だから年が明けたらめでたいよね。
お互いに存続し合えた、その喜びからひとは祝う。
あー命の祝いなんだ、と今更。
皆が一斉に祝う誕生日なんだ、と。

でもそこで少し疑問も出てきて。
輪廻転生ってものと守護霊の関係性が。
ワタシの後ろにいてくれているイギリス人かなんかの元時計職人は
こうやって守護してくれている間は、輪廻転生してないのか。
それとも魂の分離的なものがあるのか。

少し今回はテーマがスピリチュアルになりすぎでしたかね。

でもなんか、志村君はあれだけおとうさん想いだったから
転生しないで、しばらくおとうさんと一緒にいるんじゃあないかな
なんて思っちゃったんだ。
あれだけやさしい仔だったから。

頭の中でいくらでも志村君の歌声が廻るんだけど、
実際にCDは、まだかけられない。
しばらくはかけられない。
これからイヴは毎年喪中です。

Собака
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by pastsarami | 2010-01-12 15:04 | на днях
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