Собака и Кошка


パストサラミと目玉焼き2
by pastsarami

カテゴリ:книга( 11 )

『読んで愉しむ 能の世界』-馬場あき子著

前も書いたけど、馬場あき子さんはさばかの永遠のアイドルである。

学生の時、卒論文献で大変お世話になった馬場さん。
あのときは専ら鬼についてだったけど、今回は能。

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どうもさばかは本をぼろぼろにしてしまうらしい。
そんなに持ち歩きもしなかったのに、なんでこんなにぼろぼろなの。

もっとだぜ
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by pastsarami | 2013-09-14 13:06 | книга

ホフマン-壁繪師 藤原肇氏譯版

ぞうの国が終わったので、晴れて画像解禁。

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E.T.A.ホフマン やっと大元を。
さばーかいこーしゅかのホフマンとの出会いは水野英子さんの『ホフマン物語』。
それからイギリスかな?の映画版。
どうやらドイツ版の映画もあるそうで。みたいー。

そのホフマンの作品をいくつか藤原さんが譯しているもの。
個人的には藤原さんとはちょっと好みが違うみたいで、藤原さんがあんまりって云ってる作品のほうが
さばかは好きだったかな。

ホフマンの作品はまー死が絶対訪れるので、ドキドキしながらひとつひとつ読んだ。

『荒れ家綺譚』
ホフマンの作品っていうのは、目前にやけに具体的なイマージュがあらわれてくるんだけど
この作品は特にそれが強かった気がする。
人物だけじゃなくって建物でさえも。

『砂男』
砂鬼のほうがしっくりくるんだけど。これ、むちゃ怖い。
オリンピアの話が入ってる元の話なので、もーボルテージ上がりまくりだよ。
多分、原語で読むともっといいんじゃないかな、特にオリンピアの台詞部分なんかさ。

『祈願』
尼さんとか出てくるからか、この中ではいちばん彩色を感じないお話だった。
でも回想的なシーンだとやけにはっきりとした彩色になって、時々そういう映画あるじゃない。
白黒映画で始まるんだけど回想とか過去だけカラーになる。そんなかんじ。
勿論こわいよ。

『人食い女』
この作品は赤と黒。
ホフマン作品のこの、大分後までもやっとしたままいって、最後のひとつ手前でガーンときて、
そして最後にまたそれがちっさくなっちゃうくらいの衝撃ぶちこんでくる手法は一体何なんだろうか。

『壁繪師』
表題作…でもさばーかはこれそんなでもなくて。
絵のこと出てくるんだけどな。

『ファルーン鑛山』
鉱山ものデスヨ…サバカ鉱山モノスキデスカラ。
おもしろかった!
最後も映画みたいだった。キレイな終わり方で。

水野さんのホフマン物語読んだときはびっくりして、映画見たときもびっくりしたけど
やっぱり原作読んでもびっくりした。
文章を読んでてこんなにかたちとか色がばんばんとびこんでくるっていうのが不思議でしょうがない。
どういう形のどんな大きさの襟かとか、メガネの形、垂らしてる時計の垂らし加減
ガンガンガンガン

んーこの中から何か作るとしたら…サバカはひとつ目かな。
あのお菓子屋さんのシーン。それでいこう。

Собака
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by pastsarami | 2013-08-22 20:06 | книга

鈴木信太郎著 半獣神の午後 其他

読み終わりまひた。

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面白かった。
マラルメの半獣神の午後目当てだったんだけども、マラルメのほかにもヴィヨンとかさ、
あと絵画についてとかも書いてるし、「最後の同名異人の話」なんかも。

あ、あとね、空襲時に本を如何に守るかのお話も楽しかった。
空襲時にそんな余裕が!凄ノ王だね。

今さ、マラルメで書籍調べてもいちばんに出てくるの鈴木さんなんだよ。
こんなに時間経ってるのに。

自分の興味あるものに触ってさ、そしたらそれがほかの興味あるもの・過去に自分が触れたものを
ひっぱってくるときがあってさ、そういうときがさばかはいちばんすきだ。
興奮状態にもっていかれる。
これからもどんどんひっぱってきてくれる気がする。鈴木さんは。

まずパン神とかは外せないね。
今、パン神の画像調べてみたんだけど、笛がさ、笛の形状がさ。
そう、あの水波女が変身したあの葦で作った笛ね。
勝手に横笛みたいなのを想像してたんだけど、やっぱギリシャ的な笛なんだね。
細い棒がいっぱいよこに連なったみたいなやつ。

さて、次は何にしようかと考えたけど、やっぱホフマンだな。
マラルメからホフマンへ。

因みにこの本の挿絵は川口軌外さん。
なんかすごい名前だ。

Собака
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by pastsarami | 2013-06-21 11:54 | книга

と、いうところで鈴木さんに話を戻す。

未だ、マラルメについて多大な愛を寄せる鈴木新太郎さんの書物を読んでいる。
相当なスロウペースである。
自分でもそんなこと知っているから、誰も何もいわなくていいよ。

マラルメを離れ、ヴィヨンを経て、リャン・ツォン・タイへ。
ヴァレリィのフランス語、リャン・ツォン・タイの中国語、そして鈴木さんの日本語。

この鈴木さんの本は、フランス語の原文も載せているし文法的にも読み解いているので
フランス語ができるひとのほうがずっと楽しめる。
さばかは残念ながら、そんなにわからないからフランス語の部分は音感しか自分の中に入っていかない。

でもここで、中国語。
全部がばちっとわかるわけじゃないけど、明らかにフランス語よりはわかるから
この章は非常におもしろかった。

鈴木さん曰く、
「由来、東洋風な諦觀や自然觀の深く表れた詩は、日本の作品でも支那の作品でも、
仏蘭西語に譯すると皆、單純な素朴なものになつてしまふ。
感じの語彙が極めて多くて、その殱やかな陰翳が表現され得ないからであらう。」

今も日本にはたくさんの翻訳されたものが入ってきているけど、
特に昔翻訳されたものなんかはもともとのものを日本語が有する数多のひょうげんから
えらんで翻訳している。

逆に、日本のものが海外にいっていても、日本語に比べれば狭い幅で翻訳されてることだろう。

世界を考えても、日本語っていうのは表現力が豊かだっておもっていたけど
改めて、日本語が母国語であることっていうのが恵まれてるんだって再認識した。

でもその代わりに、音の綺麗さなんかが他国は発達したんだろうけどね。

さあ、どうする。それでも、きみはもじをよもうとしないの?

Собака
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by pastsarami | 2013-06-14 20:38 | книга

Le Pitre châtié -道化懲戒-

未だマラルメである。はは、まだだぞ!

この章では、鈴木信太郎さんと辰野隆さんがマラルメの 『Le Pitre châtié』 -道化懲戒-
の解釈について論議を交わしている。

このふたりは、手紙で論議を交わしていたようなのであるが
「文芸評論」に掲載されたみたいである。

両者共に造詣も深いし、頭もいいし、更には仲がいいので、読んでいて大変興味深い。
しかも、この詩は当初書かれたものと後に書き直されたものとの2つが残っていて
さてそれは同一の意味なのか、同じだ、いや違う云々といった論議がなされている。

ふたりで論議を交わしていって、その道の先に新しい解釈にタドリつく。
この最終解釈にもはっとしたけど、鈴木さん辰野さんの締め方にも感服。
んーエクセレント!

当初ね、鈴木さんの“道化懲戒”っていう訳がピンとこなかった。

「『懲戒された道化』だから、『道化懲戒』とやってもいいだらう。」

って書いてるんだけど、別に懲戒された道化でいいんじゃないか って。
日本語だと余計なのかもしれないけど、恋によって懲戒されたんだから
されたっていう形容は必要な気がしたんだ、さばかとしては。

でも最終的な解釈をきいた後は、やっぱり『道化懲戒』だ!
ってなる。これすごいんだよ。凄ノ王なんだよ。

大体ね、ここまで鈴木さんのマラルメ考読んできてよ、やっぱ鈴木さん寄りになるわけ。
しかもマラルメの女のひととかも話にあげてきてるから、当然鈴木さんの謂うとおり
恋が絡んでくる、おんなが絡んでくるとおもわせての最終解釈だから。
そのあたりも感服。

さらに詩というものにたいしての言葉、霊感の立ち位置。

最後の急展開、相当にボルテージ上がるんだから。
読んで損なし。さばかはね。

Собака
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by pastsarami | 2013-06-08 09:11 | книга

半獣神とパン神の次元越え

前に半獣神とパン神の近似性についてちょろっと書いたんだけどさ、
すごいんだよ。

半獣神はね、音楽が好きで水波女に逃げられてショックだったんだけどね
それを笛の音楽を奏で、真の美・芸術を求めることに昇華させるんだよ。

鬼もそう謂えば、音楽とか芸事すきだったなと想い出して
人間非ざる者の共通項なのかしらんという考えが頭をもたげた。

でも半獣神はもうちょっと複雑らしい。
半獣神が持っている笛はね、パン神から逃げた水波女が葦になって
悔しさのあまり激高したパン神がその葦から作った笛なんだよ。

今回の半獣神にパン神なんて出てこないのに。
次元越えだよ。すごいい。

Собака
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by pastsarami | 2013-05-30 23:18 | книга

水波女ーニンフー

マラルメ『半獣神の午後』に関する文献を読んでるんだけど、
ついに!内容読解にふみこみはじめておもしろくなってきた。

まず衝撃的だったのが水波女について。
なんかこの漢字と音感にすっかり騙されてたんだけど、
水波女は何と風らしい。
水の精かと勘違いしていた。
ピーターパンに出てくる人魚に近いものかとおもいこんでた。

ほほー風ですか。

この水波女に関する記述で、パン神ってのが出てくるんだけどさ
このパン神も大変興味深い。
パン神は水波女じゃなくてさ、どちらかと言うと半獣神に近いんだけど、
昼間はすごく穏やかで品行方正なんだけど
夜になるとこの半獣神みたいになるんだ。

このパン神はね、「パニック」の語源となる神なんだよ。
ほほー。
このパン神が恋する水波女はね、葦生の上を渡る風なんだって。

ほかにも森の水波女や海の水波女、山の水波女とか
いろんな風たちがいるんだって。

この時代のひとたちが自然のナカに神様をみてるのがきにいった。
宗教ってそうだよね、もともとは。土着からの筈だ。
それがなんか変な感じになっちゃったけどさ、もともとはこれなんだよね。


以下、オルディネエルより(訳は鈴木信太郎さん?)

「夕暮れになると、不安な気持の羊飼たちは、木の葉の繁みの間に
半獣神の淡褐色の瞳が、きらきら輝くのを見たやうに思つた。

秋になると、半獣神のすばしこい足に踏まれて、枯枝がかさかさと鳴る音を聞いた。

泉が時をりその単調な響を高めると、怯えた水波女ナイヤアドが、
半獣神かパン神の好色の激情を避けて、洞窟に隠家を求めているのだと思つた。」

(鈴木信太郎『半獣神の午後 其他』)

ところで、この本読んでるとさ
パン神や半獣神がさ、水波女に「恋」するっていう表記が何度も出てくる。
この「恋」はさ、どちらかと言うと、いやどちらかと言わなくても肉体的な「恋」でさ、
肉体目当ての非常に荒々しい性格なんだけど、どうなんだろうね。

昔、先生に言われた「恋とは性欲の幻想である」の時系列について
あまり考えたことはなく、恋っていうのはつまりさ…というような別の場所にあったことのは
を持ってきただけかと解釈していたんだけど、
もともと恋っていうことのはには、性欲が真正面に存在していたんだろうか。
それをごまかすために、やけに精神的なきれいなものを「恋」がまといはじめたんだろうか。

またことばにだまくらかされていた。

Собака
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by pastsarami | 2013-05-22 11:45 | книга

ニジンスキー 神の道化

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『ニジンスキー 神の道化』 鈴木 晶 著 (新書館)

読み終わってしまった。
読みやすいし面白いから、ちょっとずつちょっとずつ読んでたんだけど
遂に読み終わってしまった。
早いひとなら1日で読めちゃうんじゃないかな。

ニジンスキーをちゃんと知ったのは、山岸凉子からなんだけど、
うちの母親もトイレットにニジンスキーの薔薇の精が描かれた絵なんかを飾っていた。
彼女はジョルジュ・ドンが好きだったから、その関係もあったのかもしれない。
ジョルジュ・ドンがニジンスキー役を演じていたりするみたいだからね。

前から何度か書いているけど、
すきなものとか気になるものっていうのは
追いかけるとどんどんつながっていく。

鈴木さんが言うように、ニジンスキーについて残されたものは
ほんの少しの写真のみで映像は殆ど残されておらず、
更に伝達されている賞賛や伝説の割に舞台に立った期間も短いことが更にニジンスキーの
伝説化を後押ししたんだとおもう。

そう考えると、今みたいにたくさんの記録を残すことは
ほんとうによいことなのかな。
特にこういった文化や表現分野においては。

記録があることで、わたしたちはなにも感じず考えず創造しなくなってきているのではないか。
その結果が今なんじゃないか。

この書籍には、写真のほかにも絵がいくつか載っている。
画家たちはニジンスキーを描いているんだけど、やっぱり各々のイメージっていうのに溢れていて
これはやっぱりそのときに彼らがかんじたものが核になっている。

ジョン・レノンが写真をせがまれた際に言った「ぼくの姿は映せても、ぼくの心までは映らないよ」というのは
このファンに対しての感情なり感度なりを見破ったからじゃないか。

Собака

追記:因みにコーシュカさんもニジンスキーの薔薇の精をモチーフにカバンを作ったよ。
すばらしい出来。
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by pastsarami | 2013-03-03 13:38 | книга

おーい萩乃

みなみなさま、クリスマスプレゼントは靴下の中に入っていましたでしょうか。
コーシュカさんは入ってませんでした。
むかし、ひとりで布団の横に靴下置いてみたけど、
朝もそのまま何の変わりもなく、うちはベッドじゃないからサンタ来ないんだな、と
ひとりで納得していた思い出があります。

さらに母親より、
「うちは貧乏だからサンタに家を見つけてもらえない。だから家はサンタじゃなくて自分が買ってあげるんだよ。」
と教えられていたこともあって、もう最初からプレゼントは手渡しと決まっていた。


で、今年も手渡しだったわけなんですが
もう内容がすんばらしすぎて、
まだ小躍りしてる状態なんだぜ。
まだイントロダクションの踊りだからね。これからAメロ、Bメロ・・・ときてサビ!になる予定。



今年、サバーカ姐が相当な品物を贈ってくれた。
なんと
なんと

なんと

なんと


山中貞雄全集第二巻!!!!!!!!


もちろん、

『丹下左膳餘話 百万両の壺』も収録!!!!!!!!!




これが何を意味するか、皆さんはおわかりだろうか。
つまり、いつでも、好きなときに、丹下ごっこが、ハイクオリティで、実現できるのだ!!!


羨ましかろう。
悔しいのう!悔しいのう!


しかしコーシュカさんが持つのだから、宝のもちくされになんてならないんだよ。
そうじゃ、宝の、もちくされ   にはならんのじゃ。


というわけで、サバーカ姐さんには今年いっぱい頭があがらない。
あと3日だけどね。

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                                    コーシュカ
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by pastsarami | 2012-12-29 22:16 | книга

『昭和十一年の女 安部定』

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著者 粟津潔
    伊井太郎
    穂坂久仁雄
発行 田畑弘
    株式会社 田畑書店

もっとだぜ
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by pastsarami | 2010-08-19 15:40 | книга


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