Собака и Кошка


パストサラミと目玉焼き2
by pastsarami

2018年 08月 27日 ( 1 )

違い

なんかぼっかり穴が空く
ヒデキの後だから、余計か

昔から学校って嫌いだったから、保育園から嫌いだったから、
そこまで真面目には行ってなかったけど、
どうしても行きたくなかったら行ってなかったけど、
それでも辛かったし、嫌な毎日だった。
そんな毎日のなかで、一生懸命生きてはいた。
でも親に恵まれてたんだなって報道見ておもう。

行かなきゃいけない場所だとはおもってなかった。
行く場所だとはおもってたけど。

どうしても行きたくないと、「行きたくない」って言って、
うちの親は「いいよー」って感じだった。
「なんで」とは聞かれたけど。
うちの両親も学校より図書館の方がすきだったみたいだし。
よくさぼってたみたいだし。
だから「学校休んでいいから、草むしりしてくれないか」
とか言う始末だった。

学校を休むっていうのが考えられないという認識のひとは
たくさんいるとおもうけど、うちの会社にもいるけど、
そういうひとたちはほんの一瞬も
学校に違和感や疑問を感じたことがないひとなのかな。
結局そこまでは嫌じゃなかったひとだよね、多分。
でもね、いじめだけじゃないよ。
あの多感な時期には、他にもいろいろな違和感や疑問、不安がまとわりつく。

「あんた友達いないの」とかよく言われた。母親から。
何なら今も言われてるけど。
母親自身は「友達なんかいないよ」って前言ってたけど。

友達いないの友達いないのって何度も言われたけど、
友達作りなよとは言われなかった気がする。

別に友達がいないことが嫌なんじゃなくて、
それで自分の娘が悲しかったり寂しかったりするのがちょっと嫌だったんだろうな。

「一冊の本に出会うことはひとりの親友に出会うことと同じくらい大事なんだ」
って言われたことがある。
「本を読みな」「本を読みな」って何度も言われた。
友達作りなよはなかったのに。

本読みなって言うのは別に、友達いないんだからせめて本を…
というのではなくって、あの人は本当に本が好きだから。
それで生きてこられたから。
母親にとっては、酸素だったんだ。今も酸素なんだ。
いつも本がテーブルに積み重なってる。
いつも何か読んでる。
赤ずきんちゃんに出てくる、おばあちゃんに化けてる狼みたいに
眼鏡がちょっと下にずれてる。
かけてないときは、いつも眼鏡は本の上に置いてある。

何でもいいから、表現する何かを持ちなさいって言われた。
自分を助けてくれるからって。
あの人の人生にも助けてくれる何かが必要だったから。

書くときもちがすっきりするのは、どう考えたって、あのひとの血だ。








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by pastsarami | 2018-08-27 23:04 | на днях